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三条凧(紙鳶(イカ))合戦の由来

「イカ合戦」の起こりは江戸時代の慶安2年(1649年)、村上藩の陣屋が三条に設置されたときに遡ります。当時、町人の子供達が陣屋の子供達に軽んじられていた悔しさから、陣屋の子供達が揚げている凧をみて、鍛冶屋の小僧たちが遠くから姿を見せずに高く揚げた凧で糸を操り挑戦して、空中で相手の凧糸を切り、凧をたたして(飛ばして)日頃のうっぷんを晴らしたのが始まりであるとされています。
この子供達の争いが、大人同士のイカ合戦となり、一年に一回、端午の節句に庶民が公然と武士と争うことが出来ました。当初は小さなタコを使った個人戦が主流でしたが、次第に凧も大きくなって、明治に入ってからは町内が結束し凧組を作って争うようになり、ついには全市をあげての大凧合戦に発展しました。
そして現在この三条の六角凧は「SANJYO ROKKAKU」と日本語でその名が呼ばれて全世界に知れわたっています。また、三条市は世界の六角凧の発祥の地としても有名になりました。




上町アメ屋小路土手より
一ノ木戸方面を望む

大正時代の凧合戦


「イカ」合戦と「タコ」合戦

民謡「三条凧ばやし」で「…あげるイカ見てかじやの小僧め 負けてなるかと ぼろイカあげりゃ」と歌われているように、三条では昔から六角凧のことを「イカ」と呼んでいます。
江戸時代の書物で凧は関西で「イカ」、関東で「タコ」と呼ばれていたこともあり、県内では佐渡など他の地域でも「イカ」と呼んでいた地域があり、江戸との交流の前から京都・大阪との往来があったためと考えられています。



三条の六角凧

三条の六角凧は「六角巻凧」とも呼ばれ、絵柄は浮世絵風の武者絵、役者絵が六月の空に舞う姿は壮観です。六角巻凧は竹三本(横骨二本中骨一本)・糸(縁糸・はなお糸・弓糸)・和紙・染料・糊で出来ていて、六角巻凧は中骨を外す事が出来る別名「魚巻凧」とも呼ばれていて、大小にかかわらず外した中骨を芯にして横骨を中心にして巻かれて小さくなりますので、これが六角巻凧といわれる要因であり又特徴です。巻くことができるため携帯に便利。そのうえ六角形なので少ない風で揚げることができ、操作性も優れているので激しい空中戦も展開でき、相手の糸を切るケンカ凧に適しています。これは三条独特のもので「SANJYO ROKKAKU」として世界中の凧マニアに知られています。


次世代の凧合戦

三条凧協会では伝統の六角凧を郷土の文化として次代に残そうと、小学校や公民館で凧作り教室や凧合戦写真コンテストを始めるなど活動しています。また三条六角凧350周年にあたる平成11年には毎月第2日曜日を「凧の日」と制定して、市内を流れる五十嵐川の河川敷に集まって合戦の練習をしたり、一般の人々への技術指導などを行っています。


凧ばやし

凧合戦の際に各町内が自組を声援するために空樽を叩いて囃子たものが有名な「凧ばやし」です。


凧の絵柄

六角凧の凧の絵柄は二百数十種あるといわれ、各凧組の凧の絵も決まっています。現在ある凧組では、上町の曽我五郎、隆青会の大黒様などが凧組となっています。その他には凧組以外の絵柄や字凧があるほか、企業からの寄付金で作ったものには凧に企業名やマークなどが入っています。




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